2026.06.23(TUE)
●V.A.『Kaiso Power: Sound Revolution in Trinidad』(2026)
●東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』(講談社現代新書)を読んでいて、オタクの話題で『電車男』の話が出てきて、電車男の放送は2005年で、これは私が8歳のときだ。なんでも世代論っぽくいうのはバカっぽいが、私の前後の世代はオタク的なコンテンツに触れる前に、先にステレオタイプなオタク(像)と出会い、その上でその後オタク的なコンテンツに触レテいたのだなと思った。雑に言えば、オタク=アニメ=キモいというような差別的かつ偏ったイメージが先にある上で「それでも」オタク的なコンテンツに自覚的に?触れる。美少女アニメを見てる自分に対する直接の価値?判断ではなく、美少女アニメを見ている=オタク「だから」キモい、という非常に短絡的な定式をもとに「それでも」自虐的にオタクを認める、みたいなノリだったように思う。
90年代前でのアニメは紛れもなくサブカルチャーで、その後は(ジブリなどのアニメ映画も含む)アニメ自体がクールジャパン的な印象の変換を経てメインカルチャーっぽい雰囲気になったが、ごく最近はまた違う質でアニメはサブカル的なもの(ここでは、「下北っぽい」くらいの浅い意味)になってきているように感じる。ハルヒや旧エヴァは(少なくとも文化系の)カルチャーが好きな人にとって教養みたいな感じもある。あと、もっと単純に美少女絵がダサくなくなった? それはkurayamisakaのジャケットが全てアニメ絵でも特にダサいと自分が感じないことによって思う。(2000~2010年代で「邦ロック」のバンドが(タイアップをのぞいて)美少女的なイラストを使うのはかなり勇気が必要だったと思う。サニーデイ・サービスの『いいね!』(2020)くらいから変わってきたのかもしれないが、あれもいわゆるオタク的な美少女イラストではない。)
●東浩紀が韓国のポッドキャストに出演した時の動画が上がっていた。確か、Xで東浩紀が韓国に行く用事があるから、韓国の有志で仕事の依頼があったらオファーよろしく、みたいな募集をして決まったやつだと思う。東浩紀も「日本であんまり話したことない」と言ってたけど蓮實重彦の話をしていて、結構内容に納得した。
(冒頭を見ればわかるようにちょっと「おしゃれ」な感じで編集されていて、予告で「ティーザー」なる1分くらいの動画が上がっていて、なぜか牛心隊長の曲が使われている笑 久々に聴きたくなって、『トラウト・マスク・レプリカ』を聴いた。私が好きな、このアルバムについての湯浅学の文章で引用されていた遠藤賢司の言葉「長距離運転の時によく聞く。眠くならないから」。)
●「全てのこと」を完全に(同義反復だ)説明あるいは理解できる理論はない、ということは割と納得しやすいしその通りなのだけど、それにもう少し自覚的になった方が色々いい気がする。ここでの「全てのこと」はもっともメタレベルの高い?「世界」の話ではなくても、「日米関係」についてでも「セクシュアルマイノリティ」についてでも、ある系一般についてだ。