2026.08.27(THU)
●Adam F(UK)『Colours Revisited』(2025)
●子どもは男女関係なくキャラクター的かわいさもかわいいと言う。(ポケモンやディズニーなど。典型的な男の子はサンリオ的なファンシーなキャラはだんだんと離れていく。)大人になると、典型的な男性はキャラクター的なかわいさをかわいいと言わない。が、ヘテロセクシャルとしての女性のかわいさはかわいいと言う。かわいいがもっと水平的?になれば/なる頃には男女の問題もマシになっているはず。
●私は多分「嘆き」があんまり好きじゃない。憂いとともにほんのり自己陶酔がある感じが。だから?私が何かを批判している、なんて言わなくても「悪く」言っている、ときは「悪態をついている」と多分思われてるのだと思う。でも、嘲笑になったらだめだが、「最近の〇〇(作者など)は全然ダメだ」くらいは言わないと、と思う。
●動線という概念は結構面白い。ある空間に物理的には存在しないが、動線という概念を導入すると確かに経路のようなものが存在を始める。ドゥルーズが哲学は概念の創出だと言ってた気がするが、動線という概念はまさにその分かりやすい例だと思う。
●一本一本の樹皮の模様や色や凹凸や径の違いが、太陽の位置が低くなって先に暗くなるこの中では、段々と識別と数えあげができなくなって森になっていき、一文一文が異なる時間を持つ日記の集積が文章であるのなら、この樹木らは、それぞれが違う年齢を持ち、ひとつの樹木の中や外でも、年輪は誰でも知っているがドラスティックなのは毎年新しいシュートが伸びていくということで、だから色んな時間を持った集積として樹木があって、さらにその集積として森林があったとしても、今年伸びたシュートはそれと関わりなく今年伸びたシュートであったし、樹木は樹木であった。