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日記 definitive

2026.09.10

2026.05.12(TUE)

●冬にわかれて「forgotten」(2026)

●2月から実家に帰ってきていて、家族が基本的にリビングのテレビをつけっぱにしているので、自動的にテレビを見ることになっている。(引っ越してくる前の一人暮らしをしていた6年くらいは元々好きじゃなかったのでテレビが家になかった。)

昔からワイドショーのような、下世話であるのにも関わらず社会の側について人を糾弾したり嘲笑したりする(しかもそのような「つら」をせず)ノリがとても嫌いだし、それが常にテレビで流れ続けていてそれを内面化させうる(というかみんなしている)のは有害ですらあると思っている。

これはもっと硬いニュース番組でも言えることだが、新聞だったら社会面に載るような、殺人事件や交通事故、その他の事件全般をテレビで放送しない方がいいと強く思っている。そのような事件や事故を大々的に放送することについて、納得できる倫理的な意義なんてあるんだろうか? まさかそのような「恐ろしい殺人事件や交通事故を見て、同じことをしないように気をつけましょう」なんて教訓になるとでもいうのか。私には単に野次馬的ともいうべき好奇心を満たすためだけとしか思えない。そして、テレビはそれを取り上げれば皆が観るから視聴率=利益になる。ここで最悪なのが、殺人事件などについて「真面目な態度」で報道されるということだ。人が死んでしまっている以上、バカにはできないし(これはその通りだ)、そのことを重く受け止め視聴者が意見や感想を持つのは、シリアスな対象であるがゆえに意味があるかのように思わせられることだ。(でも本当は被害者・加害者に対しての潜性的な差別や嘲りがそこに含まれていたりする。)

最近、殺人事件とかの報道が特に多いような気がするが、殺人事件の容疑者の自宅の映像をヘリコプターから中継したり、その家の家族構成や居住の状況を報道されたり、被害者の学校の周りで記者が1月以上もいて、子どもや近隣住民にしきりにインタビューなどを行われているこれはなんなんだ。街を破壊し、生活を脅かしているのはどう考えてもメディアだ。

なんでこういうことが作る方も観る方も「まじめ」態度でやっていて、そっちに「正義」があるかのようになっているのか。一番悪趣味な「暇つぶし」だと思う。

Profile
滝鷹介 Taki Yosuke

1997年神奈川県生まれ。小説家。POLY LIFE STUDIOを主宰する。

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(ほぼ)毎日更新。各回のサムネと1行目は、サブスクで新しいアルバムを聴くのは1日1枚までという自分ルールのもとでその日に選ばれたアルバム。

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