2026.06.08(MON)
●Les Imprimés(Norway)『Fading Forward』(2026)
●やっぱり、古くさいと思われるかもしれないけど、「手に職」的なことに憧れる。ものを作ったり、楽器が弾けたり、料理が作れたり、縫い物ができたり、この辺はその人ごとの定義によると思うけど私の中では絵を描けたりとか。飲食はやってきたけど、いつもホールでキッチンはやってこなかった。小説やデザイン、というのは自分の中でなんか違う。今、目の前の人のことを喜ばせられんのか!?みたいな。あるいは無人島とか、ストリートでお金を得るとか陳腐な設定においても、使えなそうというか。
●引っ越してからよく使う小田急のキャラクターのもころんがすごくかわいくて好きなのだけど、今電車関係のキャラの中でキャラ総選挙?みたいのを開催しているらしい。そのポスターのもころんもとてもかわいい。まあ私は投票しないのだが、これはいわゆる「人気投票」になる訳だが、こういうのを一度通して考えると、結局、議会制民主主義における選挙も「人気投票」と本質において大きくは変わらないな、と思う。
今言いたいのは、キャラクター投票のように推しや見た目の問題だみたいな話ではなく、一応選挙の方は政策とか実績という「内容」というか、有権者の判断基準はもちろんあるが、選挙が義務ではないかぎり(つまり有権者の全員が必ず選択肢の中から選ばないといけないわけでなく、特に今のように投票率が高くない場合)、「わざわざ投票に行く標本」をより多くキープしたら選挙に勝つ、という構造の話だ。
だって、キャラクターの見た目のかわいさでいったら、明らかにもころんはダントツで一番かわいいに決まってるのだけど、一番かわいければ一番票を集めて優勝するのではなく、見た目よりも自分の愛着のあるローカル駅のキャラだから盛り上げたい、みたいなところでファンを盛り上げて応援させる活動みたいのがうまくいったところのキャラクターが結局勝つんだろうなと思う。そこから翻って選挙について上で書いたことを思った。(とはいえ、他が個別の「駅」のキャラが多いのに対してもころんは「鉄道会社」のキャラで、潜在的なユーザー数が段違いで多いから、普通に優勝?する気もする。)
●バイト先の通勤は、行きは急ぎたくないので、普通に小田急から井の頭線に乗り換えて渋谷に行くけど、帰りは交通費も浮きいい散歩にもなるので、奥渋の方を通って代々木八幡駅から乗って帰る。代々木八幡駅はすごく構造的に面白い。私がバイト帰りに駅に入るのは、今調べたところによると南口で、奥渋からずっと続く富ヶ谷一丁目通りという、おしゃれなお店が多い商店街?にそのまま面してある。一方で、北口はすぐ近くの代々木公園の方から向かってくる方の、閑静な住宅街から突然(高架になった)駅が現るようにしてある。それで、もう一つの西口は、大きい山手どおりの道路が、いつ間にか陸橋になって周りがひらけたところで、高低差なく駅に入っていく形である。この全く違う風景や街並みが一つの駅で繋がっているのがすごい。
というか個人的にはそれぞれの出口を使ったことのある年齢、季節、タイミング、朝昼夜とかがごちゃごちゃで印象に残っているから、最近日常的に使うようになるまで、それぞれの出口の印象の駅が同じ駅だったことに驚いたし、今もそれらを統合?して安定した記憶の定着の仕方をしていない。一度行ったときに、3つの出口を順番に回ってみれば、それらが統合するかもしれないが、普通駅でそんなことはしないし、そんなことをしてしまってはつまらない、今のごちゃごちゃな状態が面白い。
●ふと、トランプには「イデオロギーすらない」のだなと思った。ここでのニュアンスは、イデオロギーという不可欠なものがないみたいな意味ではなく、そんなものすらない、という意味。あるのは今ここで見栄をはるとかびっくりさせることを言って気持ちよくなるとかだ。
●もはやクリシェ化した「AIによって仕事がなくなる/奪われる」という命題があるが、それが実際に個々の分野で実現する場合は、今まで働いていたある一人がAI一つ?に一対一で「置換」されるのでは当然なく、その人の職業が成り立つシステムそのものがAIによって変わる、ということになるはずだ。例えば、弁護士の仕事(わからないが、依頼、相談、裁判の出廷、情報収集、……とか?)を代わりにAIがやるようになるというのではなく、弁護士という立場が必要なくAIによって司法を行う?システムが生まれる、という感じで。
だから、小説をAIが書くようになって小説家が必要なくなるというのは単純すぎで、AIによって人々が小説を求めなくなったときに小説家が必要なくなる、という詭弁も言えなくもない。けど、まず小説は(少なくとも商業的に)人々の「必要」を満足させるために書くわけではない。あと、とりあえず〈私〉か〈あなた〉が小説を(商品としてでなく)読むこと書くことを求めていれば、とりあえずAIがあろうと、「小説界」なるものは知らないが、「〈私〉と〈あなた〉の『小説』」は大丈夫なはずだ。