2026.08.03(MON)
●Elias Stemeseber(Austria) & Thomas Morgan(US)『Io Pur Respiro』(2026)
●とても涼しい!《真夏のピークは去った》?
●未だにiPhone SE(第2世代)を使っている。ずっと使っているので写真が溜まって容量不足でOSのアップデートもずっとできてなかった(14GBくらい空きが必要)。今度始まる新しい単発?バイトで必要なアプリを入れようとしたら、アプリがiOSいくつ以上じゃないと入れられませんと言われて、仕方ないので写真をHDDに写して容量を空けてアップデートした。iOS16か17くらいから急に26になった。OSをアップデートするときに、使用が変わって使いづらくなった!という感想はよくあるけど、全てが変わりすぎて全く思わないし、普通に携帯が新しくなったみたいでうれしい。差異が気になるのは、前後の差異が小さい(共通部分があまりに多い)からこそなのだと思う。中身が新しくなったついでにケースも変えようかなと思う。(資本主義。)
●サブスクが普及しきった今、CDを未だに継続的に買うのは主に「音楽好き」の層だと思うけど、よく考えると、これは映像媒体としてのDVDを今買うのは映画好きくらいであるのと同じだ。(でも実はAVは未だにDVDとしても売れている、はず。)
それでもどメジャーのアーティストやアイドルがそれでもCDを売るのは、秋元康以降CDがグッズ化しているからだ。多分、買って聞いていないという人も多い。(今、特に一人暮らしの人の家にどれほどCDを聴ける媒体があるのか?PCでもドライバがなかったりすることが多い。Macはとうにない。)
●文芸誌『空地』の人たちがやっているポッドキャストは結構前からずっと聞いている。その話はいつかちゃんと書くかもしれないが、それはそうと、少し前の回で「南極を観たら今のサブカルが理解った」という回があって、そこで最近のバンドの長すぎるアルバム名が分からないみたいな話が少しあった。その後にXで見かけた、お笑いのショーレースの告知映像を観たら、そこに出てくる全く聞いたことのない(きっと若手の)お笑い芸人のコンビ名・芸名のセンスが分からなすぎて、ポッドキャストで言ってたことがちょっとわかったかもしれないと思った。
単純に「ダサい」と感じるのなら納得?はできるけど、本当にシンプルな感じの名前が多くて、感想をもてないというか(皮肉ではなく)「?」という感じ。作為があまりにもないが、「適当に決めた」に宿る自我も感じないというか。
少し思ったが、単純に私が青春を送った(かつ私より大分若い『空地』の人らにも影響を与えている)2010年代的なものが過剰に「文脈的」で「洒脱」なもの?を良しとされていたのではないかと雑だけど思った。(もっと邪推?すれば、実は強固にあった長すぎた潜性的な90年代的感性・リバイバルがこっそりと終わりを迎えた、とか。そういう意味で2000年代にどちらかと言えば今は近いと思う。Y2Kの流行みたいな表層的な部分を除いても。)