2026.07.03(FRI)
●Robohands(UK)『Green』(2018)
●7/11のザ・シティイでやるイベントの直接のヒントになった、PINFUくんの小説「万事快調 その二」をPINFUくんがnoteで公開してくれた。
https://note.com/mattake/n/nf7c868916b3d
『万事快調』の本は、同名の本編とこの「その二」が収録されていて、いわばエピローグ的に入っている。けど、内容的には万事快調とほとんどシームレスに繋がってる感じ。でこの「その二」で山下澄人の「わたしハ強ク・歌ウ」の刊行イベントで行われた朗読会が出てくる。(https://honkbooks.com/newwayofreading_01/ )単純に言えば7/11のイベントはこういうことをやろうと思っている。とにかく、この朗読会とそれが書かれた小説がすごい。こういうときに、一応は「実際にあったこと」を「題材」にしているわけだけど、それは題材となった朗読会がそもそも面白いのか、それが書かれた小説が面白いのか、というのは偽の問いで、少なくとも私は朗読会を知らなかった、私が感じた面白さをまとめて〈小説〉と言う。
PINFUくんとPINFU×野本泰地というユニットをやっている野本さん(この説明の仕方が間抜けで面白い)と3人で飲みに行ったときには、私と野本さんで「「その二」がずっと続いたらやばい小説になる」と熱弁したのを覚えてる。といっても、本編の「万事快調」があっての「その二」だし、そこだけ抜き出しても増幅させればいいという話でもないわけだけど(蟻編が40巻続くH&Hは読んでてしんどいでしょ? あ、連載再開したね)、でもそう言いたくなるくらい「その二」は面白い。
●そうそう、ハンターxハンターが連載再開した。といってももう単行本を集めてないのだが。バイト先が渋谷だから、プロモーションで渋谷の街中にH&Hのキャラの絵があるのを見かける。自販機の横の壁とか紛れるようにあってなかなか面白い。マークシティのいつも激混んでいるエスカレーターの脇のよくわからないガラス張りのやつに、旅団のコルトピ、ウヴォーさん、シャルナーク、パクノダの4人がいて(さっきから、壁にイラストがあるのを、「描かれて」なのか「貼られて」なのか言い方がしっくりくるのがない)、明らかに死んだ4人を固めてて笑える。
多分一番大きいキャラクターが何十人も描かれたメインの?広告がPARCOの向かいにあって、これが本当にでかい。何mx何mなのか想定もできないくらい、映画のスクリーンくらい?
センター街の野郎ラーメンの隣に兵器ブリオンのイラストがあるのがシュールで面白かった。
●最近読んでる本のいくつかにたまたまオースティンの「パフォーマティブ」「コンスタティブ」の概念がよく出てくる。それで連想したこと。
東浩紀『存在論的、郵便的』を読んでいて、注にデリダはフロイトの述べる「マジック・メモ」という比喩を高く評価していた、みたいなことが書かれていた。そこでどんなふうに評価した(≒褒めた)のか気になるな、と思った。けど、ここから多分ややこしくなるけど、「評価した」と判断?したのは「郵便的」を書いている東浩紀だ。それはデリダが「評価した」のかわからないけど、東浩紀が(勝手に)そういうことにした、ということを言いたいのではない。デリダの原文を読んでないけど、おそらく誰が読んでもデリダはマジック・メモを「評価した」と思える記述になっているんだと思う。
そうではなくて「評価した」とか「褒めた」というのはまさに、一連の?記述や言及によってパフォーマティブに「評価した」とか「褒めた」ことになるのであって、例えば「私はこれを評価する」と言う言表はまだ成立するとしても、「私はこれを褒める」は前後の補足がないと「いや、具体的にどう褒めてんねん」ということになる。つまり、「褒める」と言う/書くこと自体は「褒める」ことにならない。だから、デリダも「評価する」と言う語を使わずとも、マジック・メモについて書いたもろもろが「評価する」になっている。
だから、「だらだら能書を書かずに素直に褒めたらいいじゃん」と単純に言うことはできなくて、だらだら書いたそれらが全体として「褒めた」の質になる。それで、少し雑に言えば、個別の作家や作品を対象とした批評(文)は、その全体がパフォーマティブに「(高く)評価する」や「褒める」ことになっている、と言えると思う。