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愛のテーマ

2026.10.17

第二回

 ラジはラジカセを持っていた、丸いスピーカーが二つ付いていて、真ん中にカセットをセットできる「ラジカセ」といえばこれ、というような形のやつ、まだCDは出回りはじめて間もなさ過ぎて浸透していない、MDを入れるところはラジの持っていたラジカセにあったかもしれないけれど使っていなかった、なかったんじゃないか、CDはもちろんなくて、ラジもMDは使っていなかったからなくてよかった。
 カセットテープを家から出てくる前にラジカセにセットするけれど、毎日同じものしか入れなかった、スーパーから買い物をして帰ってきた、スーパーでは流していなかった、入口に高く積まれた茶色いカゴを取る、カゴの右側にラジカセを入れて、ラジは右手でカゴを持つ、食料は右手で取るから、そのたび左手に持ち替えた。
 店内に音楽が流れていてラジは聞いていた、あの天井の丸いスピーカー、ラジは曲名はしらない、でもこの曲はよく流れている曲だった、「応援要請」の意味だった、ラジは口ずさんでいたが、どの音も音程を外していた、
 ラジはスーパーから帰ってくると、納豆と卵とハンドソープの詰め替えを冷蔵庫とシンクの下の棚にそれぞれしまう前に、ドアを開けて、
「ただいま!」
 と言った。
 上の階に住む吉田さんは毎日夕方6時にラジが「ただいま!」と帰ってくるから時報の代わりにしてた。
 吉田さんは小学生のとき同じ「ヨシダ」がいた。ヨシダは、
「私のヨシの字は、下が長いのよ」
 と言った。「士」じゃなくて「土」のヨシ。
 ラジはラジカセからカセットを取り出した。ボタンを押して「パカっ」と音がする。この音がいちばん好きだが、たくさんやって10年前まで一緒に住んでたお兄に、
「お前がいじくるから壊した!」
 と怒られてからたくさん触らないようにしている。カセットを取り出して玄関の、鍵を置いている横に置いた。毎日それを流していたけれど、家では聞いていなかった、ラジカセに電源を入れるのは、団地のドアを開ける一秒前で、それまで無音の中を生活して、カセットを、昨日の家を出る前にセットしたまんま一晩明けて今をむかえてそのまま電源を入れて再生ボタンを押せば音楽が流れるが、ラジは毎日儀式のように、一度ラジカセの中に入っているカセットを取り出してからまた入れて、再生ボタンを押して、ドアを開けて外に出た、

 外に出ると団地の入口の三段の階段のところがきれいに掃きそうじされていた、向こうの棟の奥野さんが毎朝そうじしてくれている、ラジは、
「奥野さんありがと」
 と言った、すると向こうの棟の一階の窓が開いて、
「どういたしまして」
 と奥野さんが、窓は開けて大きな声で返事はしてくれるけれど、視線は左下を見ていて毎日ぜったい合わない、顔を出した視線の先に、これは横山さんが毎日手入れをしている花壇の花があって、黄色い花で、花の真ん中のところが茶色い花で、パンジーというんだろうか、奥野さんは名前は知らない、きれいだな、と思っている、奥野さんは朝5時に起きる、そのうちこの花は旬をすぎてほかの花に変わっている。

「ラジ、これなに?」
「今日は昔の曲だよ」
 今日は、とラジは言ったが毎日同じカセットしか流していなかった。ラジも小さい音量で流しているだけなので、ほんとうはなにが流れているのか分かっていなかった。
「しらなーい」
 ヒロミちゃんが言った、ヒロちゃんと呼ばれている、お兄ちゃんはヒロキで、ヒロ兄と呼ばれ始めたのは、4歳年下のヒロちゃんが保育園に入ってくる前までで、入ってからはヒロ兄になった

 保育園には小さなプールがあって夏の間だけ開放されていた。冬は水は溜まっていなかった。小学校になると水が溜まっていて、藻が張って緑色になっている。夏のはじまる頃に用務員のおじさんが一人でそうじしているのか藻はきれいになくなって、床の水色が見える。
 保育園にあったプールは気の利いた銭湯の浴槽ぐらいの大きさで、大の大人が五人ぐらいは浸かれる大きさだが、プールと思えば小さいプールだけど、卒園アルバムには四人の子どもが競争で泳ごうとしている瞬間の写真が載せられている。ヒロ兄はデベソだった、中学になってみんな縦のへそで、マンガみたいな「バッテン」が入ったデベソではないが、みんなみたいにきれいな穴にはなっていなくて、へその中のグニグ二した中身が見えていた。

(『愛のテーマ』第一回はこちらです。)

Profile
PINFU

1997年東京都生まれ。小説家。もうすぐ30歳。

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記事紹介
愛のテーマ

小説。当時にタイムスリップして、記憶と反対側の記憶を書く試みの小説。アップされているのは第一稿。大きく書き直される予定。隔週土曜日更新。

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