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日記 definitive

2026.09.23

2026.06.14(SUN)

●Akusmi(UK)『Fleeting Future』(2022)

●私には睡眠へのこだわりというか愛情というか執着というかそういうものがある。できれば8時間寝ないと調子が出ないし、明らかに精神的にもよくない。人や動物が寝ているという状態をすごく愛らしく感じる。対して珍しいことでもないかもしれないけど、少なくともそれらに自覚的ではある。夜中にまだ起きていて、ふと今遠いところで恋人やyoutubeでいつもみている可愛い猫がみんな寝ているということを考えてとても幸福な気持ちになった。

睡眠は死のメタファーでもある。そして、寝床(布団、ベッド)は生と死において象徴性を強く持つ。人は産褥から誕生し、多くの場合病床で死ぬ(実際はそうでなくとも、少なくとも人が死のシーンを思い浮かべるのは寝床だろう)。もっと言えば、誕生の前に同衾によって最初に生(受精卵)が発生する。

●ソンタグの『隠喩としての病』を読みたくて、ソンタグについてgeminiに聞いてたら写真論を書いていたことを知った。

写真論:視覚メディアの認識論と権力性
『写真論』(1977年)および晩年の『他者の苦痛へのまなざし』(2003年)は、現代のメディア論・視覚哲学の金字塔です。彼女は写真という複製技術が、人間の「現実」の捉え方をどう変質させたかを考察しました。
現実の消費と略奪: 写真を撮るという行為は、世界を所有し、消費する行為であると指摘しました。カメラは世界を「収集可能な断片」に変えてしまい、直接的な経験を希薄化させます。
倫理的パラドックス: 戦争や飢餓などの凄惨なイメージ(イメージの暴力)を消費し続けることで、私たちの倫理的な感受性が麻痺していく(「他者の苦痛」に対する不感症)プロセスを鋭く分析しました。

ここに書いてあることを間にうけてしまうと、今の感覚だとまあそうだよなという感じになるけど、もし写真がない時代だったらと考えると、例えば遠くの国や地方についてのことが、言葉や風景画でしか情報が入ってこないし(だから当然写真の登場前後で風景画の「価値」が変わる)、そもそも「こっち」と「あっち」が写真という透明的な(と思わせる)視覚情報を媒介として等質に感じることがない。いや、言い方がややこしいが、要は「こっち」はいつも見ている「体験」だが、「あっち」は常に話で聞く「情報」であって、同じ質とは思えないというか。(それが、「あっち」の写真はあるし、「こっち」も写真に撮られうるのだということを介して等質だと(「こっち」が特別でなくなる)感じる、と考えるのは話を写真に引き寄せすぎだろうか。)
とにかく、構成する世界の雰囲気を表す通常の意味ではなく、文字通り「世界」の「観かた」という意味で「世界観」(「世界–観」)がかなり違うだろうなと思う。

●映像の世紀のイランとアメリカの回を観た。有名な出光の創業者がイギリスの軍艦による規制?を無視してイランから石油を買ったことで、「イギリス国内では『石油泥棒』だと非難されているが」と記者に問われた大臣が「あくまで民間企業間の話なので政府は介入できないが、外交関係というのは重要であるからイギリスと対話は続けたい」みたいなことを言っていて(全然記憶違いかもしれないが)、ちゃんと「普通」のことが言えるなと素朴に感心した。今の政府の人は「普通」のことは言えない。

親米の王族の後継に政権が移り、反体制的な行動の取り締まりが厳しくなる一方で、モスクだけは二重の意味で「聖域」として取り締まりの手は回らず、そこでのちに革命を指導し最高指導者になるホメイニ(当時は弾圧で国外に亡命中)の説教のカセットテープを信者たちは聞いていた、というところで、当時の古いラジカセに集まってカセットを聞いている映像は素直にカッコよかった。

それで親米で「自由主義」的な前政府から、イスラム教の教えを重視する方向へ転換して、例えば、女性のヒジャブの着用が義務化される。ヒジャブのことでいつも考えるのは、西洋的な価値観(これはもう土地的な問題ではない、当然日本も含まれる)では、明らかにジェンダー論として問題はあるのはそれは確かなのだが、当然イスラムの教え(とそれを掟とする国家)からすればそれは教えの実践であり問題であるはずがない。一般に保守とリベラルの衝突と同根の問題だ。これで話が終わると、ただの価値観やイデオロギーの違いということになるだけだが、権力の分析をもうちょっと詳しくすれば、個別の問題に対してはもう少し考えることができるとは思う(それも西洋的と言えばそれまでなのだが)。

例えば、これは所詮geminiによる情報ではあるが、

当局の締め付け強化: デモを受けて、街頭でヒジャブを外して歩く女性が増えたため、イラン政府はAI搭載の監視カメラによる摘発や、未着用者へのテキストメッセージでの警告、車の没収、さらには最大10年の禁錮刑や高額な罰金を科す「純潔とヒジャブの文化を支える法案」(通称・ヒジャブ新法)を議会で可決するなど、法的・技術的な取り締まりを強化し続けています。

このような事態については、明らかにイスラム教の教えの布教・徹底というのを超えて、それを起点として統治を強化しようという統治機構の政府としての権力が強く前に出ているように思える。が、それも(原則は)政教分離の日本の見方を起点で考えているから、ネイションのあり方の軸が宗教であるという事態を全然理解できていないかもしれない、とも思う。

Profile
滝鷹介 Taki Yosuke

1997年神奈川県生まれ。小説家。POLY LIFE STUDIOを主宰する。

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日記 definitive

(ほぼ)毎日更新。各回のサムネと1行目は、サブスクで新しいアルバムを聴くのは1日1枚までという自分ルールのもとでその日に選ばれたアルバム。

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