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日記 definitive

2026.09.23

2026.07.09(THU)

●Santiago Beis(Brazil)『Univer-Son』(2017)

●昔、山下澄人が保坂和志のイベントで話していたときに、カルト宗教に入る人はある程度「親切」で入って(あげて)いるという話をしていて、確か偽日記にも書いてあったと思い、調べたらあった。

⚫︎山下さんの乾いた寛容さの感じは、その「親切主義」からも感じられる。新興宗教やマルチに入っている人の何割かは、信仰によってではなく、親切心で入っているに違いない、と。そんなもの少しも信じてはいないけど、あなたがそこまで熱心に勧誘するのであれば、まあ、入ってみてもいいかなあ、と。知っているおばちゃんは、新興宗教に9つも入っている。そんなことは親切心でしか説明できない。この「親切心」という要素は、多くの社会分析から欠落しているものだなあと思った。
(https://furuyatoshihiro.hatenablog.com/entry/2024/04/27/000000 )

で、ふとこれを思い出して思ったのは、まず古谷さんのいうように「親切」というのは確かに色んな分析?で考慮されていない側面だと思う。その上で、「親切」という考え?は、人と人や、人と権力やシステムとの関係を考える際に、特に弱い方の立場の人格(例えば「被害者」やマイノリティなど)に「能動性」を与える——正確に言えば、能動性が当然あることを気づかせる——重要な(大仰だ!)考えだと思った。

弱い立場にいるとされる人について、「構造」だけを見ていると、彼・彼女らは不利益な状況を受け入れざるを得ないのだ、としか考えつかないけど、実際多くの場合は、明らかな抵抗として現れていないとしても、ただ「黙って」受け入れてるわけではない。そこに「親切」(や忍耐など)があったりする。

空気が読めなかったり横暴だったりする上司がいて、周りの人たちの方が全く「大人」で人間ができていて、上司を親切にフォローしてあげることで場が成り立っている、みたいな例はよくあると思う。

●連想で言うと、私は、弱い立場にいる人たち、特に問題のある構造において「搾取」される側とされる人たちの問題について考えるときに、「人間」と「構造」をちゃんと分けて(というか、少なくともそれらが別であることに自覚的になって)考えないといけないと思う。

性産業(イヤな言葉だ)とセックスワーカーのことについて考えるときに、(色々小難しい言い方を考えたが、やっぱりシンプルに)(主に)女性にセックスをしてお金を稼がせる、という構造は端的に問題があると思う。(余談として言っておくと、例えばポルノのことで言えば、春画まで遡らなくても、今でいうAVは、最初から「本番」をしていたわけではなかった。だから今よりマシな方向性として、そして身体・精神面での負担や性感染症のリスクを考慮すれば、「本番」なしでどう「エロく」するかという技術の方にポルノが発展する可能性もなくはなかったと個人的には思う。が、「欲望」はとめどないので、今や「本番」なしでは満足できない、ということになってしまっているだろうが。)

その上で、性産業の「構造」について批判するとしても、そのときにセックスワーカーという「人間」に対して攻撃や差別するようなことは当然絶対してはいけない。「現にすでに」セックスワーカーである人の権利は守られなければならない。「構造」の批判は権力の側に向いている。「人間」はその「構造」で不利なことを強いられている側だ。「構造」を考えることと意思を持った「人間」を考えることは全くレイヤーというかメタレベルが違う(一見、「人間」が「構造」の構成要素だとしても)。

ここまではわかりやすい。が、問題が起こりやすいのは逆のときだと思う。つまり、セックスワーカーの立場や人権を改善するという名目で、「構造」を温存する・強化するというようなことだ。分かりやすい例が、少し前のChim↑Pomで(*)、Chim↑Pom側の主張としては、森美術館側がSmappa! Groupからの協賛を拒否したということを、性産業=セックスワーカー(「業種」)への差別だとして批判した。が、Chim↑Pomは、今「=」で表したように、「構造」と「人間」というレイヤーを、例えば「職業差別」という言葉で(https://bijutsutecho.com/magazine/interview/25628 )境界を曖昧にして語として使っていて、そしてやっていることは「Smappa! Group」の擁護?という「構造」の方への加担になっている。

ここで厄介なのは、Chim↑Pom側は確かに「人間」としてのセックスワーカーの「職業差別」を問題だと思っているのだろうが、「構造」への批判から「でも、セックスワーカーを搾取する企業からの支援はまずいっしょ」という反論に対して、Chim↑Pomは「人間」の方のレイヤーで「だからそれが「職業差別」なのだ」という反論が可能になっていて、にも関わらず「構造」を温存する、という捻れた状態になっていることだ。(それと、この件への応答として、Chim↑Pom from Smappa!Groupに改名したというのも、はっきり言って、今の性産業の「構造」においてもChim↑Pomが重視しているはずの「人間」のレイヤーにおいても、全く新たなラディカルな提案?がされてない、ということは結構パフォーマティブなアートをやる集団として、ちょっとまずいのではないかとシンプルに思う。)

(*)補足。2022年の森美術館での個展の際、長年Chim↑Pomの歌舞伎町での活動を支援してきたホストクラブ運営企業「Smappa! Group」からの協賛金が、美術館側のコンプライアンス(業種による線引き)を理由に拒否された。(geminiによる要約)

とにかく、このように「構造」で話している人に「人間」を持ち出して(しかも「人道的」なことを持ち出されると反論が抑制される)しまうことは慎重にならないといいけない。(硬いなあ。)
そしてもちろん「人間」として、セックスワーカー(だった)人に対しての差別は改善されないといけない。例えば、今の現状でセックスワーカーの人が再就職しにくいのは、どう考えても履歴書にセックスワーカーの経験をかけるわけがない(と思わせる)差別の構造があるわけだから。だからと言って、履歴書にかいた方がいい、書けるようになった方がいい、とかそういう話ではない。

(珍しく)まとめ:「構造」を憎んで「人間」を憎まず。

Profile
滝鷹介 Taki Yosuke

1997年神奈川県生まれ。小説家。POLY LIFE STUDIOを主宰する。

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(ほぼ)毎日更新。各回のサムネと1行目は、サブスクで新しいアルバムを聴くのは1日1枚までという自分ルールのもとでその日に選ばれたアルバム。

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