2026.08.25(TUE)
●Asa Tone(US)『Temporary Music』(2020)
●輪ゴムとダンボールは(本当は全然繰り返し使えるのに)明らかに過剰生産だと思う。例えば、一人暮らしを始めるときによくある輪ゴムの箱を買っても、絶対何年経っても使い切らない。輪ゴムシェアした方がいい。
●「今の政治」そのものがつまらなかったら学問としての政治学はつまらなくなるのか。少なくとも政治がうまくいってなければ、どう良くするかを考えることにむしろ学問的意義が高まるか。
●どちらかというと資料とか原稿みたいな文章を書いてるとき、googleドキュメントやiPhoneやMacの「メモ」にある箇条書きというフォーマット・形式によってドライブされる、私に書かせる何かがある。推進力。
●これは自分の中で重要な概念というかいつも考えることだけど、人間の動物的側面の現れとして?、習慣や見慣れというものの強力さというのが明らかにある。外部から見ればめちゃくちゃストイックなルーティーンや(あまりいい話ではないが)人心掌握・洗脳された人が強要される過酷な行為が毎日行われても、少なくとも短期的には心身に破綻をもたらさなかったりするのは習慣の強力さだと思う。(自己啓発みたいだ!)逆に、あんなに強く惹かれて買った本やゲームを積んでやらずに時間が経ってしまうのは、習慣の裏返し?としての見慣れの効果だと思う。
●仕事・学校における私語という概念がすごく嫌だ。私語かどうかの(個人の?)判断に強く権力が介入している。
●数日前から、部屋の、横長のガラスが並んで少しずつ重なっていて、それをレバーで角度を変えて開閉する手前に網戸がついた窓の、ガラスとガラスが重なる部分にカメムシくらいの大きさの茶色の虫が挟まれて死んでしまったのかずっとくっついていて、窓の先の新築の家の庭であり駐車場でもあるそこで、折りたたみのプールでお母さんが子どもを遊ばせたりすることもよくあって、気候変動でも核兵器でもなんでもいいけど生存の可能性を自分で閉じていってる間に、虫たちは絶滅したり突然変異したりしながら少し先を準備しながら生きつつ死んでいる。