2026.06.07(SUN)
●haruka nakamura『音楽のある風景』(2014)
●本に関して言えば、ざっくり言ってamazonにほぼ全部ある。もちろん、私のようなインディーズのような自費出版の本や、絶版の本は基本的にないけど、たとえば本屋の実店舗でamazonより品揃えがいいところは当然ない、くらいの意味で。
でも、amazonという何でもある(無限)選択肢の中から欲しい本を選ぶより、店内という限られた空間限られた選択の本(有限)のその中で一番欲しい本を選ぶという方が、より色んな本と出会うことができる。これは逆説でもなんでもなくて、amazonは個別の欲しい本がまずある状態でその本(のページ)に直接出会うけど(もちろん「おすすめ」はあるが)、たとえ欲しい本が決まっているとしても、そのコーナーに行くまでに色んな本が目に入ったりするし、目的の本がなかったとしても、いつも見るコーナーに新刊が増えていたり、「いつか読もうと思ってるリスト」に入ってる本を買う気がなくても立ち読みしたりする。それで、本屋という具体的な空間(今は建物という容れ物というより、本の有機的な配列の方に重みがある)を起点に自分の中にネットワークみたいなものができるというか。
芸人の永野は、90sのオルタナティブ・ロックや映画に詳しいのだが、youtubeでスピルバーグの言葉を引いて「(配信の時代でも)ビデオ屋に行くと、たとえばアクション映画を目当てに行ったとしても、自分が全く興味のない『ホラー』や『恋愛』の棚を通らないといけない」みたいなことを言っていた。
2,3年前に毎週のように渋谷のディスクユニオンに行って、特に60s-70sのロックを買い漁っていた頃、知っているアーティストのCDを見ながら、私はアルファベット順に並んだ棚の「A」から「Z」の順番通りに見ていたが、名前は聞いたことのあるくらいアーティストの名前のタグ?があると、「あれこれ誰だっけ?」という感じでCDを見て「あーはいはいこの人だったか」みたいのを日常的に繰り返して、段々と自分の元の興味以外のアーティストの名前とアルバムを(聞いてないのに)なぜかよく知ってるみたいになった。あと、毎週来てるので、中古屋だから商品の回転がある程度は早いとはいえ、大きくは急に品揃えは変わらないから、行く度に少しの差異に気づいて「あ、これ入荷したんだ」とかの情報が入って、店員より在庫に詳しいんじゃないか?と思ってた。(多分、当時は聞かれれば、「そのアーティストはこのアルバムの輸入盤だけずっとあって、国内盤はゼロっすよ」みたいに答えられるレベルだった。)
あと、大学院のときに定期圏内だったので、二子玉の蔦屋家電(という名前だが普通に書店もある)にも同じようによく通っていた。途中で、私の忌み嫌っているシェアラウンジ(ちょっと違うが、駅に電話ボックスみたいな貸しオフィス?を見ると「地獄だ……」と毎回思う)が誕生して、主に美術系の棚が縮小したりしたこともあったけど、あのエリアではやっぱり品揃えとセンスはある程度良かった。しかも、大学の帰りによるというよりは、休みの日に一日ダラダラして「今日なんもしてないな」というときに19-20時くらいに家を出て深夜の蔦屋家電とスタバ(蔦屋家電内のスタバは混むので、近くの高島屋の方)に行くためにフラっと出かけたりしてた。コロナ前は信じ難いことにどっちも23時までやっていた!いい時代だった。その時もやっぱり、ほとんどその場で本を買うことはなくても、ただ棚をまわって「確認」していくような気分で毎回見ていた。けど、本屋の方は新刊以外はコアの品揃えは大きく変わらなくても、こちら(私)の側は興味の幅が広がっていくから、「この作家(元々)置いてたのか!」みたいな「発掘」がどんどんある。それが楽しい。
今は、実家に戻って通り道に本屋がなくなってしまった。唯一バイト終わりにもまだギリギリ空いてるSPBSに最近は行ってるくらい。偽日記の古谷さんやPINFUx野本????地で小説を描いてる友だちの野本さんも図書館をよく利用していて、憧れるのだけど、いかんせん地元の図書館は品揃えがとにかく悪い。と言っても、私は軽く潔癖症っぽいところがあるから(当人の「軽く」は信用ならない)、図書館で借りた本を大事に読めるかは微妙。前に人に言ったことのある表現で言うと「数多の人々が読み回してきた本が自分の部屋のベッドの上にあるのが無理かもしれない」。
あと、私は本に関しては線を引いたり折り目をつけたり「汚したい」人なのもある。線を引いたりするのは、あとで読み返した時のマークアップ用と言うよりは「汚したい」がまず先にある。(高校のときに参考書や教科書をやたらと丁寧に扱っていたのが、突然「本は汚した方がいい!」と思い立ってから、本は汚すようにしている。意味不明だと思うが、そうなのだ。)さらに、本は所有しておきたい、というのもある。CDやレコードも。
●少し前にお風呂でceroの「Summer Soul」を歌っていて、アウトロの絶叫するところも真似したら喉を壊してしばらく喉が痛い。Summer Soulは2010年代の、なんというか雑に言うとセンスある系のバンド(cero、D.A.N.、Suchimos、……)の中のアンセムというか、普通に有名だし、年齢的にも聞くとめちゃくちゃエモさを感じる。ということはおいても、普通に曲はいいのだけど、リズムの楽しさや普通にメロディのポップさ、間奏のフルートソロとか普通にかっこいいとこは多いけど、個人的に思うのは二つ。一つは、『Obscure Ride』というアルバム自体はceroのメンバーもインタビューで言ってたと思うけど、明らかにネオ・ソウルを意識したアルバムだけど(一曲目というかアルバムを再生した瞬間は完全にD’Angeloだ)、リード曲であるSummer Soulは別にネオ・ソウルではない。のだけど、一度歌詞を見ながら歌ってみるとわかるけど、歌メロのリズム感?は完全に洋楽的だ。というか単純にめっちゃ歌うの難しい。それで、二つ目は、この曲は普通にめちゃくちゃ良くできた、狭義の意味で「完成度の高い」曲だけど、まさに私が喉を壊した原因でもある、「絶叫」のパートが入ってるのが、構造の「穴」になってるというか、これだけ異質でとにかくすごいし好きだ。でも、あまりそこを言ってる人を意外と見たことがない。といっても、絶叫はアドリブのコーラスと一つなぎで歌われているしそんなに唐突な感じはしないかもしれないけど、改めて聞いてみると、ロックやメタル的な「シャウト」でもなくちゃんと「絶叫」だ。