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日記 definitive

2026.09.23

2026.07.26(SUN)

●baobab, haruka nakamura『カナタ』(2019)

●保坂和志の小説的思考塾で知り合ったお友だち二人と高円寺のあわいものやに行く。三人とも、保坂さんのまた別のイベントである保坂ゼミに来たことがあって、あわいものやはその保坂ゼミの毎回の会場だ。

あわいものやさんには本がたくさんあるのだが、貧乏同盟なんちゃらみたいな冊子があるのを見つけてと思ったら、松本哉の法政の貧乏くささを守る会の当時の会誌みたいな冊子だった。それで店主の菊池さんに聞いたら、菊池さんが当時の高円寺の時代からのお知り合いだそうだ。結構びっくりした。松本哉、山下陽らへんの高円寺のアナーキー系の人には結構影響受けているので。

●昨日、P.S. BOOKSさんにいった時に、いつか読もうと思っていた富田ララフネ『Θの散歩』を買って読んでいるけど、これがすごい。油断すると?基本的に評論とか思想系の本ばかり読んでしまうのだが、久々に小説を読む愉しみを強く感じた。

富田さんも保坂さんに影響を受けていて、保坂さん関連のイベントでもよく見かける。保坂さんに影響を受けたひとの小説というのはなんとなく共通する感じがあるのだが、富田さんもその一部はあるのだが、前作?の『小島信夫の話をしたいのだけど』も読んだことがあったのだが、正直『Θの散歩』の間には良い意味でかなり大きな飛躍があって、「保坂さんに影響を受けたひとの小説」から確実に抜け出したと思う。(ちなみに、あわいものやに行く前に蟹BOOKSに三人で寄ったのだが、蟹BOOKSに以前初めて行った時に『小島信夫〜』を見つけて、そのときは保坂さんのイベントとかに来ている人とは知らずに買った。)

『Θの散歩』が本当にいいので、正直に言ってしまうと『小島信夫〜』の方を初めて読んだときは、「悪くないし面白いのだけど、少し全体に暗い雰囲気が漂っていて、それがなんというか悪くないのだが、、、」みたいな感想だった。もちろん『Θの散歩』が明るくなったからよくなったとかそんな話では全然ない。

Xにも少し似たようなことを投稿したのだが、保坂和志はしきりに「小説に技術は必要ない」ということを言っている。それはとても同感で、この言葉によって小説を書けるようになった人も多くいると思う。が、しかし、『Θの散歩』の散歩を読んで思ったのは「しかし、技術というものはあるな」ということだった。というのも、保坂和志のいう命題が誤りだったという話ではくて、違うレイヤーの技術というものは確かにある、ということ。また、第一のステップ?として「技術は必要ない」ことを意識するのは必要で、ここで取捨されるべき技術は、具体的には小手先のテクニックや美的な比喩表現、精緻なプロットによる小説の構築などなどが対象とされている。けど、その上で、保坂の発言を万能に曲解してしまうと、それらさえクリアしていればあとは「書きっぱなし」でいいかのように思えてしまうが、そうではないな、ということを思った。

で、それを具体的に分析したり「言語化」しようとする段になると途端に難しく、そもそも分析するべきだとも思わないのだが、ひとつだけ思いつくことを言ってみると、なんというかどこまで書くかみたいなとこのバランスがとてもいい。『Θの散歩』の書き方だと、もうちょっと饒舌に書いたり、「狙った」書き方もできるのと思うけど、そこが抑制?されている感じがとてもいい。(もちろん、作者が狙ってやったかどうかは全く問題ではない。)

●『Θの散歩』の散歩に対する穿った批判として、この小説は引用に頼っている、引用によって面白さが担保されているみたいな批判が考えられなくはないと思うけど、明確にそれは間違ってる。『Θの散歩』で大江が引用されているところを読んで私は強く大江に惹かれ大江を読みたいと思う。が、それは『Θの散歩』が面白いから「また新たに」大江の面白さが賦活されたのだ。これはこれ以上理屈で説明できない。

Profile
滝鷹介 Taki Yosuke

1997年神奈川県生まれ。小説家。POLY LIFE STUDIOを主宰する。

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(ほぼ)毎日更新。各回のサムネと1行目は、サブスクで新しいアルバムを聴くのは1日1枚までという自分ルールのもとでその日に選ばれたアルバム。

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