2026.08.07(FRI)
●荘子it『人生劇場』(2026)
●「きっと大丈夫だよ」「きっと良くなるよ」というときの「きっと」は、英語の授業でmaybeやprobably、possiblyがそれぞれ何%くらいの感覚を表すとか習ったりするけど(そもそもその数字にも意味はないが)、そういう蓋然性を表すのではなくて祈りだ。
●初音ミクの曲とキャラクターがテレビのCMで使われていた。これは初音ミクが人口に膾炙したからお茶の間に現れたのではなく(認知・知名度自体はあるだろうが)、単純に私くらいの世代の初音ミクを聴いて育った世代がものを作る世代になってきた、ということだと勝手に思う。(逆にそうでもないと、最初のブームからあまりに時間が経っているし使うのが遅すぎる。)それはブリーチのアニメの再開?などでも思う。でも、そんなことと関係なしに子供たちなどは新たにそれと出会う。姪が初音ミクの曲を(姉の影響があるとはいえ)歌っていたりする。
《だけど少年少女は生まれ
作曲して 録音したりしてる
僕の部屋にも届く》
小沢健二『彗星』
●菊池亜希子のラジオ然り、今やってるスープ展?然り、スープが過剰にオシャレに?カルチャー的に?ファッション化?されているのはなんなんだ。北欧、暮らしの道具店とスープストックとかにも接続する表象。(しかもスープストックは少しアートに手をかけているからややこしい。)
まあと言いつつそういう表象は私も好きな方なんだけど、例えば米・ごはんや麺とかを同じような表象で扱えるのか?とか。あとは、身体に優しくて摂食しやすい、ある種ユニバーサルデザイン的?ではある、ということは少し繋がっているような。(変な言い方だが、スープはマッチョではない。)